アス夫と共に暮らすために

yahoo!ブログから引っ越しました

アス夫さんの小さな変化

最近、アス夫さんネタの記事を書いていないので、どうなのか?大丈夫なのか?と心配の声をいただいています。ご心配、ありがとうございます

先月、薬を減らした時に少しイライラしていたようですが、それからは落ち着いています。


私は日頃、アス夫さんと目を合わせて何かを言ったり、手を繋いだり、ハグをしたり、というスキンシップを意識して取るようにしてるのですが、最近、ちょっとした変化が現れました。

ほとんど目を合わせなかったのに、顔を覗き込むと目を合わせる。手を繋いでも繋がれているだけだったのに握り返してくる。ハグをしても棒立ちのままだったのが背中に手を回すようになった。
たったそれだけのことなんだけど、彼にとっては大きな変化です。

それから…2人で食べているものを「最後どうぞ」と譲ってくれるようになったし、先日は切ったフルーツの最後1個を「はい」と言って口に入れてくれたのにも驚いた。


いつもしてもらっていることを相手にしてあげる、そういう『普通』のことが『普通に』できない。何故できないのかすごく不思議だったんだけど、根気よく続けたらできるようになるもんだな…と実感しているところです。

なんとなくなんだけど、学習するのにものすごく時間がかかるのかもしれないと思った。ただでさえ時間がかかるのに、学習に付き合ってくれる人が周りにいなかったから学習しきれなかったのか?と。

2歳児に「はい、どうぞ」「ありがとう」と延々と繰り返す親のように、今後もコツコツと続けて行こうと思う。


ただ、不思議なのは…「結婚してほしい」と一生懸命迫ってた時には、自発的に手を繋いで来てたと思うんだけどな(さすがに抱きしめてくることは無かったと思うけど)。

となると…『手を繋ぐ』ことは相手を『捕まえる手段』だと認識してるのかな?結婚したら捕まえる必要が無いから握り返して来ないのか?だったら、手を繋いでる時は『捕まえられてる』と思っていたのか?

ああ、でも、親が手を繋ぐ時は『捕まえる』時だったのかもしれない。「勝手にどこか行かないで!」「ちゃんとここにいなさい!」と怒られながら手を握られることしかなかったのなら、そう認識したかもしれない。

『手を握る』『手を繋ぐ』『手を捕まえる』似てるようで違うしね。…そんなことを思いました。


あ、ちなみに、アス夫さんの飲み歩きですが…。「今日もお店でビール飲んでる。ごめんね」とメールをくれながら、相変わらず飲み歩いています。
泥酔・酩酊・朝帰りが無くなったので、終了に向かっているのかと期待していますが、飲み代は5ヶ月で60万円。そろそろ破産しそうです。